おちんぽを美味しいと思えないあなたへ

正直に言う。

「美味しい」と思いながら咥えている女性と、そうじゃない女性は、傍から見ていても、されている側からしても、はっきりわかる。

これは技術の話じゃない。

最初から好きな人もいる

初体験のときからおちんぽが大好き、という女性が、たまにいる。

「なんか見た瞬間から好きだった」「咥えてるだけで興奮する」。わいだんの森でもそういう話を聞くことがある。

でもそれは、正直少数派だ。

そしてそういう人を見て、「私はそうじゃない、おかしいのかな」と思ったことがある人もいるんじゃないか。おかしくない。最初からそうじゃない人の方が、ずっと多い。

きっかけは、たいてい「人」だった

わいだんの森やX(旧ツイッター)のスペースでで何年も話を聞いてきて、「最初からフェラが好きだった」という人はほとんどいない。

ある女性が話してくれたことがある。

好きな相手ができた。すごく好きだった。その人を気持ちよくしたくて、一生懸命フェラをした。そうしたら、ものすごく反応してくれた。声も、体の動きも、終わったあとの顔も。「最高だった」と言ってくれた。

その相手とは、結局別れた。

でも気がついたら、フェラそのものが好きになっていた。おちんぽそのものが、好きになっていた。

「あの人がいなくても、この感覚は残ってるんだって気づいたとき、なんか不思議な気持ちだった」と彼女は言っていた。

これが、きっかけの正体だと思う。最初は「この人を」という気持ちから始まって、その体験が体と感覚に刻まれる。人が変わっても、その回路は残る。

美味しいと思って咥えている女性は、全然違う

これは男性側の話として聞いてほしい。

義務感でしてくれているのか、本当に楽しんでくれているのか、されている側にはわかる。目線、手の使い方、テンポ、息の深さ。全部が違う。

楽しんでいる人は、こちらも引き込まれる。

上手い下手じゃない。没入している人間のそばにいると、こっちも没入する。それだけのことだ。

「美味しい」と思いながらしている女性のフェラは、技術的には未熟でも、忘れられない体験になることがある。逆に、どれだけ動きが洗練されていても、「作業感」があると記憶に残らない。

リピートされる女性は、何が違うのか

セックスの後、また会いたいと思うかどうか。これはいろんな要素があるけれど、「自分が求められている感覚」があるかどうかは、かなり大きい。

美味しいと思って咥えている女性は、相手にその感覚を与える。「自分のこれを、この人は好きなんだ」と思わせる。それは単純に、嬉しい。また会いたくなる。

美味しいと思えない自分を、責めなくていい

好きじゃないのに無理やり好きになれ、と言いたいわけじゃない。

「美味しい」は意識して手に入れるものじゃなくて、いい体験の積み重ねの中で、気づいたらそうなっているものだと思う。

だからまだそこに辿り着いていないなら、それはただ、その体験にまだ出会っていないだけかもしれない。

こういう話を、もっとざっくばらんにしてみたい人はぜひ。

→ あつまれわいだんの森(猥談BAR)

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