先日、こんなことをポストした。
「正直ハプバーでは『こいつでいいかぁ』って気持ちでしかセックスできたことないんだよな、ほとんど。なのに口先では褒めまくってる自分が気持ち悪かった。だからハプバーより自分主催のパーティーや個アポの方が好き」
投稿した後、なんかもう少し言いたいことがある気がして、ずっと頭の片隅に引っかかっていた。だからここで、もう少しだけ掘り下げてみる。
正直に言う。
ハプニングバーで、「この人と絶対やりたい」と思えたことは、ほとんどない。どんな美人でもだ。
記憶を掘り返してみても、出てくるのは「まあ、こいつでいいかぁ」という感覚ばかりだ。消去法に近い何か。積極的な選択というより、消極的な着地。
そして僕はその瞬間、口から全然別のことを言っている。
「かわいいですね」「雰囲気いいですね」「好みです」
恥ずかしい気持ちになる。
嘘をついているわけじゃない
でも、本当でもない
最初に言っておくと、あれは嘘ではない、たぶん。
「かわいいですね」は、まあ、かわいいと思っている。嫌いではない。タイプではないけれど、嫌悪感はない。だから言葉として間違ってはいない。
でも「やりたい」とは違う。
この二つはまったく別の感覚なのに、ハプニングバーという空間の中では、なぜか同じ言葉に圧縮されていく。「かわいいですね」が「やりましょう」の助走になる。この変換が、あの場所では当たり前のように起きている。
で、事が済んだあとに、どこか虚しい。
相手に何かされたわけじゃない。ひどいことが起きたわけでもない。でも「なんか違ったな」という感覚だけが残る。ルームを出てカウンターに戻りながら「俺は何をしに来たんだっけ」と思う瞬間が、何度もあった。
「場の空気」に飲み込まれる
ハプニングバーには、独自の空気がある。
みんなそこにいる理由は一致している。お酒を飲みながら出会い、気が合えばセックスする。その前提が共有されているから、普通の出会いとは違うスピードで話が進む。
それ自体は別に悪くない。むしろ効率的だとすら言える。
でも、問題はその空気が「欲望より先に動く」ことだ。
本来なら「この人に惹かれる→アプローチする→関係が生まれる」という順番のはずが、ハプニングバーでは「場にいる→アプローチする→それっぽい感情が後からついてくる」になりやすい。
感情と行動の順番が逆転する。
そして場の空気に従って動いていると、自分が「本当にやりたいのか」を確認するタイミングがどこかに消えてしまう。気づいたら口が「かわいいですね」と言っていて、気づいたら手が動いていて、気づいたら終わっている。
あの気持ち悪さの正体は、きっとそれだ。嘘をついたことへの罪悪感じゃなく、自分の欲望を自分で確認しないまま動いてしまったことへの違和感。
「こいつでいいかぁ」の解剖
では「こいつでいいかぁ」とは何なのか、少し丁寧に分解してみたい。
これは大きく三つの層に分かれると思っている。
① 生理的な許容範囲
不快感がない、という意味でのOK。「嫌じゃない」「抵抗感はない」。これは欲望じゃなくて、単なるフィルタリングだ。
② 場の圧力による合理化
「来たからには」「せっかくだから」「チャンスがある」という状況論理。欲望ではなく、コスト計算。
③ 相手への薄い好意
「面白い人だな」「話しやすいな」という人としての好感。これは本物だけど、性的欲望とは別物だ。
ハプニングバーでの「こいつでいいかぁ」は、たいてい①と②で動いていて、③が言い訳として機能している。「好意はある、だからまあいいか」という構造。
でも、やりたいという感覚は、この三つのどこにもない。
自分主催のパーティーで変わったこと
だから僕は、自分でイベントをやるようになった。
「ハプニングバレンタインパーティー」でもそうだけど、ゲスト選びから始まって、場の雰囲気作りも、流れのデザインも、全部自分の手の中にある。
これが決定的に違う。
ハプニングバーは、行った時点で既に「場の空気」が完成している。あとはその空気に乗るかどうかを選ぶだけだ。でも自分が主催するなら、空気ごと自分で作れる。
招待した時点で、すでに「この人に会いたい」という感情が発動している。何かを感じているから声をかけている。だからパーティーの会場に着く前に、もう欲望は起動している。
あとは、それをどう展開するかだけ。
個アポも同じだ。特定の誰かに直接「会いませんか」と言う行為には、すでに欲望の確認が含まれている。「こいつでいいかぁ」ではなく「この人に会いたい」から始まっている。
この違いは、思っている以上にでかい。
欲望の設計、という話
これを通じて気づいたのは、「欲望の設計」の問題だ。
Xで相手をじっくり観察して、行動や性癖や感情のパターンを読んでからリプやDMで口説くのは好きだ。オフ会で、すでに関係ができていてお互いいい感情が見えている相手を口説くのも好きだ。待ち合わせ痴漢プレイみたいに、初対面の相手と非日常の背徳感をぶつけ合うのも、何倍ものゾクゾク感がある。
一見バラバラに見えるこの三つに、共通点がある。
全部、自分が能動的に設計している。
Xでの口説きは相手の解像度を上げた上での設計。個アポやオフ会は関係と感情を見極めた上での設計。待ち合わせ痴漢プレイはプロセスをゼロにするという設計。アプローチは全然違うけど、どれも自分の意志と欲望が先に動いている。
ハプニングバーだけが違う。場の空気に乗っかるだけで、自分の設計がどこにもない。だから欲望が起動しないまま体だけ動いて、終わったあとに虚しくなる。
口先で褒めていた自分について
最後に、あの「気持ち悪さ」についてもう少し書きたい。
「こいつでいいかぁ」と思いながら「かわいいですね」と言っていた自分。
最初はこれを単純に「嘘ついてる自分が最悪だな」と捉えていた。でも時間が経つにつれて、少し違う見方ができるようになってきた。
あの言葉は、嘘というより「場の空気に最適化した言語」だったと思う。
ハプニングバーという場所では、内心の細かいグラデーションを言語化することに意味がない。「あなたのことが嫌いではないけど強く惹かれているわけでもなく、この場の空気と生理的な許容範囲の組み合わせでまあいいかと思っています」なんて言える場所じゃない。だから「かわいいですね」に圧縮される。
問題は、その圧縮が自分の感覚を鈍らせることだ。
「かわいいですね」と言い続けていると、それが本当にそう感じているような気になってくる。自分の内側のセンサーが、場の空気に上書きされていく感覚。
それが気持ち悪かったのかもしれない。
「どこでやるか」ではなく「どこで欲望が起動するか」
今の僕の基準はシンプルだ。
「やる前に、自分の欲望が先に動いているか」。
これだけ。
場所の話でも、倫理の話でも、ルールの話でもない。自分が能動的に設計できているかどうか。
ハプニングバーがダメだとは思っていない。あの場が好きで、あの空気の中で楽しめる人は、それで全然いい。ただ僕には合わなかった、というだけだ。
欲望は、自分で設計すると、ちゃんと自分のものになっていく。
場の空気に流されるより、自分が先に動いている方が、終わったあとに虚しくない。そういう単純なことに、ずいぶん時間をかけて気づいた。
まあ、気づけただけよかったかなと思っている。